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1BSDライセンスによる自由の付与
 
最初のオープンソース・ライセンスであるオリジナルのBSDBerkeley Software Distribution)ライセンスの目的は、カリフォルニア大学の一部のソフトウェアを、ライセンシーが対価としての義務を負うことなく自由に使用し、改変し、頒布することを認めることにあった。
 
学問の自由(academic freedomという言葉は、普通は終身在職権のある教授がその職を危険にさらすことなくオープンに発言する自由のことだ。これによりダイナミックで多様な思想の共同体が生まれ、全ての人々の学問的経験が豊かになるだろうし、新しいアイディアを追求することも可能となるだろう。しかし、これはオープンソースが扱っている学問の自由とは異なる。
 
アカデミックなオープンソース・ライセンスは、少し違った種類の自由を促進することで、教育と学問を促す学術機関の使命と結びついている。教授陣には、アイディアを秘密にして隠すのではなく公開することが求められている。学生には、学んだことを自分の作品に使って新しいアイディアを生み出すことを期待されている。この種の学問の自由を探求するとき、大学はしばしば目先の利益に対する気持ちを抑え、知的財産権を公に解放することによって、社会に対してより大きな利益をもたらすことを考える。もちろん、全ての大学が常にこのような理想を実践しているわけではないが。
 
カリフォルニア大学は、後者のタイプの学問の自由を促進するためにBSDライセンスを使うことにした。一部のソフトウェアについては、大学が秘密にしたり私的に販売したりするよりも、誰もが自由に複製し、改変し、頒布できるようにしたほうがより価値があると考えたのだろう。
 
カリフォルニア大学は単に著作権を放棄するか、パブリック・ドメインへ寄贈することで上記のことを達成できた、と言う人もいる。しかし、著作権法の下では単に存在している著作権を放棄するメカニズムはないし、作品の著作権の存続期間が終了する前にオリジナルの著作物をパブリック・ドメインに寄贈するための一般に認められた方法はない。著作者の独占的な著作権を他人に引き受けさせる唯一の認められた方法は、ライセンスすることだ。
 
本書第4章で、筆者はこの目的を達成するためのシンプルなライセンスを作ってみた。
 
シンプル・ライセンス:このソフトウェアの著作権者は、あなたがどのような目的を有しているかにかかわらず、このソフトウェアをここにあなたへライセンスする。
(これはBSDライセンスではない。BSDライセンスの許諾はもっと長くて複雑だが、後に説明する。この1行のシンプル・ライセンスは説明目的だけのものだ。)
 
このシンプル・ライセンスは、適切に承諾されれば一方的約束による契約(unilateral contractとなる。つまり、著作権者のみが約束(特に、あなたに対し自由にソフトウェアを使用させるという約束)をしている。ライセンシーは何も約束はしないが、それでもなおライセンシーがそのソフトウェアをライセンスされた通りに使用する限りは、ライセンシーは契約条件に縛られる。
 
一方的約束による契約は日常生活ではいつも使われている。ただし、一方的約束による契約の締結のときにその条件に注意を払うことはめったにない。それは、多くの商取引の場面では、締結する契約についての黙示の条件の具体的内容を法律にゆだねているからだ。店でトースターを安心して買うことができるのは、トースターに満足しなかったときは店から返金してもらえるからだし、トースターが宣伝の通りに動かないときにはトースターを修理または交換してもらえるからだ。店が黙示の約束を回避しようと思えば、そのための唯一の方法は、明示的にそのような約束を拒否することだ。つまり、店はそのトースターを「現状のまま(AS IS)」で「不具合の可能性あり(subject to all flaws)」として売ることもできる。
 
消費者であるあなたは、見返りとして店に対して何も約束していないことに注意してほしい。あなたは好きなようにトースターを使用できるし、全く使用しなくてもよい。たとえ、店だけが効果と安全性についての約束(この場合は黙示の約束だが)をしたとしても、店とあなたは契約を締結している。
 
トースターの購入と同様に、シンプル・ライセンス中の他のどのような条件も、ソフトウェア・ライセンスのデフォルト規定-デフォルト規定の内容に関わらず-に委ねられうる。そのような1行のライセンスは完全にオープンソース原則と両立するし、理論的には少なくともOpen Source Initiativeによって有効なオープンソース・ライセンスとして承認される可能性がある。
 
このシンプル・ライセンスで、ライセンサーの黙示の約束は何だろうか?法によれば、少なくとも商品(goods)についての商取引または消費者取引の場合には、宣伝通りに商品が機能するという黙示の約束があることになる。もしソフトウェアが商品(goods)ならば、ソフトウェアがコンピュータを壊したり説明書の記載通りに動かなかったりすれば、ライセンスに何も書いてなかったとしても、ライセンサーは損害賠償責任を負う可能性がある。
 
しかし、ソフトウェアは商品(goods)ではない。多くの法域で、法律では商品(goods)が何を指すのか全く定められていない。ソフトウェア契約のための黙示の約束は十分な形で規定されてはいない。
 
カリフォルニア大学は、ソフトウェアが商品(goods)に該当するかどうかの論争に関わることを望まなかった。単に黙示の約束からの保護されることと、ソフトウェアによってユーザーがどのような形で傷ついたときも損害賠償を負わないことを望んでいたにすぎない。後述するように、カリフォルニア大学は明示の保証の放棄と明示の責任を放棄することによって自分自身を保護した。1行のライセンスで済んだところに2つの文章を追加した。
 
カリフォルニア大学は、すべてのライセンシーに求められるいくつかの条件を課したいとも考えた(それらの条件の詳細は後述する。)。もしすべての約束がライセンサーによってなされるならば、一方的約束による契約はライセンシーに条件を課せるのだろうか?答えは、法律によれば、条件(condition)約束(promise)とは違う、ということだ。BSDのような一方的約束による契約の場合、ライセンシーはそれらの条件を満足させなければならず、さもなければ、ライセンシーは自分にソフトウェアを利用させるという約束からライセンサーを解放しなければならない。
 
BSDライセンスは、ソフトウェアの一部を単に手放すだけよりも多くのことを達成した。公共の共有財産に対してソフトウェアを提供し、誰でも利用可能とすることを奨励することで、カリフォルニア大学やその他の人々利益を増大させた。この理論によれば、以前の貢献部分に応えて、あるいは、以前の貢献部分への対価として、ますます多くの人々がソフトウェアをBSDライセンスに従ってライセンスし、公共の共有財産へ提供するだろう。現在、BSDライセンス(および、類似のアカデミック・ライセンス)に従って入手可能となっている膨大な量のソフトウェアを見れば、この理論が現実の社会で機能していることがわかる。
 
BSDライセンスは、公共の共有財産からソフトウェアを取り出してプロプライエタリなアプリケーション内で利用することさえも認めている。ライセンシーには共有財産に対して何かを返還する義務はない。しかし、そのような義務がないにもかかわらず、ソフトウェアを私的に保有するよりもアカデミック・ライセンスで公開するほうが価値があると考える会社や個人によって、BSDライセンスによる「自由の付与」は何度も恩返しをされている。
 
>>「2.テンプレートとしてのBSDライセンス」へ
 
 
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2008.04.01 Tue l 第5章 アカデミック・ライセンス→1.BSDライセンスによる自由の付与 l COM(0) TB(0) l top ▲
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